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織田信長の城


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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2020/9/20 7:56 | 最終変更
Chryso  スタッフ   投稿数: 6049
出版されたのが2016年とやや古いし、単に私がいままで読まなかっただけのものを紹介するのはどんなものかと。以前に出版された書籍を紹介する時にはいつも躊躇する。

埋蔵文化財(略して、「まいぶん」)の調査って、結構科学的にやるんだな、と思いました。
イメージとしては歴史というものは、古文書を基にして歴史を再現するもの、その古文書が後世に書かれたもので、思い違い、意図的な間違い、脚色、為政者(その時)への忖度があるもんだと思っていましたが、近年はそうしたものを排除したものになっているようです。

石垣に使われている石材、近くではとれないもので、切り出してきたものだとか、またはほかから転用したとか。(墓石が有名。安土山城の石段にありますね。)分析すればわかるわけです。

瓦も、全く同じものなのか、型(かた)が同じなのか。瓦はその当時の最新技術であり、誰でも使っていいというものではなく、許可性で、したがって信長との距離(親族とか、御家人とか...)か近いことを表すとか。

安土山城、完成してからわずか3年で火災で消えたことになっていますが、全焼というわけではなく、燃えたのは天守、中心部のみ。あとは燃えていない。これも発掘調査でわかった。燃えたのなら炭化した木材などが検出されるはず。(天守のみといいますが、それだって大変なことだと思いますが..)
あとは、豊臣秀頼が八幡山城を築城したときに、石垣とか建物、城下ごと、移転されたそうな。

なんか、これは聞いたことがあるような話で、彦根城も佐和山城を取り壊してリサイクル材(笑)で作ったものだと。
安土山も近江八幡も彦根も佐和山も近い(いずれも近江の国南部)ので、そういう文化があったのかな?

今の安土は農村地帯で、とてもそこに町があったとは思えないが、移転したのなら、木造で家屋を作る日本のこと、痕跡もないでしょうね。
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