メインメニュー
PR
facebook

アレクサンドロス大王


投稿ツリー


前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 .2 | 投稿日時 2020/6/27 20:32
YMN  常連   投稿数: 944
 たまたまネットで目にしたという個人的事情ですが、アレクサンドロス(アレクサンダーあるいはアレキサンダー)大王に関心を持ったことがあります(遠征と言えば聞こえが良いですが侵略とも言え、残虐行為もやっていて「大王」に引っかかりを感じますが、当時はそれも常識のうちだったのでしょう)。

 父親のフィリッポス2世が弱小国家のマケドニアを強国にしたてあげ、東に遠征しようというところで男色のもつれから殺害されてしまいます(子供ができているのでバイセクシャルということになります)。
二十歳で王位を継承した大王は遠征の後に32歳で病死してしまうわけですが、神がかった天才的な力には若さも必要で、おっさんになってからでは無理だったと思います。
殺人事件の結果ではありますが、父親が築いたものを若くして受け継ぐバトンタッチがうまく行ったものと思います。

 1代でできることは限りがあり、優秀な人が続くことが時として重要な結果に繋がることがあり、逆に2代目が凡庸で凋落してしまうこともありがちでしょう(斎藤道三の父子二人説というのもあります)。

 事細かく大王のことが語り継がれていますが(後世の創作がかなりあるかもしれませんけど)、どこに居たのかさえ分からない卑弥呼の何百年も前のことになります。
良く見かけるペルシア王と戦う大王の姿は、ポンペイの遺跡に埋もれていたモザイク画というのはあまり知られていないと思います。
その戦い(イッソスの戦い)でペルシア王は逃げ出して、王の夫人や母親などが捕まってしまいますが、丁重に扱われました(戦場に女性の親族を連れていく発想が分かりませんが、いい所を見せたかったのかもしれません)。

 イスカンダルと言うと宇宙戦艦ヤマトを連想しますが、イスカンダルはアレクサンドロスのアラビア語、ペルシア語での呼称です。

 ユーゴスラビアの一部だった北マケドニアという国が現在ありますが、前はマケドニアと称してギリシアからクレームがついたという経緯があります。
投票数:0 平均点:0.00
返信する
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2020/6/27 23:52
LuckyHill  一人前   投稿数: 1434
雑学ネタですが、

アレクサンダー大王はトランプにおいてクラブのK(キング)の図柄のモデルとされていますね。Kに関しては他も有名人ぞろいで
スペードのK : 古代イスラエル王国のダビデ王
ダイヤのK  : 古代ローマのユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)
ハートのK  : 中世フランク王国のカール大帝
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1707/24/news037.html

一方でQ(クィーン)とJ(ジャック)のモデルは、次の2人以外は初めて聞く名前でした。
クラブのJ : 湖の騎士ランスロット(アーサー王と円卓の騎士)
ダイヤのJ : ヘクトール(トロイアの王子)
https://matome.naver.jp/odai/2141425533042506401


時代は現代に跳んで、
アメリカのロックバンド「ヴァン・ヘイレン」のDrumsは(通称アレックスで通っていますが)、アレクサンダー・ヴァン・ヘイレン(オランダ系アメリカ人)。バンド内での位置づけが「大王」なのかどうかは知りません。ついでにBassは甥のウォルフガング・ヴァン・ヘイレン。Wolfgangというのはモーツァルトと同じ名前ですね。
投票数:0 平均点:0.00
返信する
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2020/6/28 9:41 | 最終変更
LuckyHill  一人前   投稿数: 1434
ついでに、電話を発明したグレアム・ベルもファーストネームはアレクサンダー(Alexander Graham Bell)。日曜深夜NHKで再放送されている『未来少年コナン』の原作者もアレクサンダーでした。
投票数:0 平均点:0.00
返信する
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2020/6/30 23:01
YMN  常連   投稿数: 944
 インドと接触したところで引き返すことになったわけですが、当時はその先は分かっていなかったか、あるいはおぼろげな話が伝わる程度だったと思います。
大王には世界の果てに到達したいという野望があったようですが、その遠さは認識できていなかったことでしょう。
それで、我々はその大王が憧れた世界の果てに住んでいることになります。
投票数:0 平均点:0.00
返信する
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2020/7/2 0:03
YMN  常連   投稿数: 944
>世界の果て

 現代の常識を織り込んで捉えていた面があり、当時の「世界の果て」の認識について再検討してみました。
当時は「世界の果て」があるとは限らず、無い場合は2通りあって、無限にどこまでも平地が広がるのと、地球が丸くて陸地が帯状に地球を一周している場合があります。
地球が丸いという認識は意外なくらい古くからあり、以下はアレクサンドロス大王の家庭教師だったアリストレスに関することです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83%E7%90%83%E4%BD%93%E8%AA%AC
----引用
アリストテレスは「エジプトやキュプロスでは見えるが北寄りの地方では見えない[18]」星があることに気付いた。これは大地の表面が湾曲していないと起こらないので、彼も「大地はまるいばかりでなく、あまり大きくない球だということも明らかである。さもなければ、ほんの僅か移動するだけで、それほど早く明らかな相違を呈するはずがなかろう[18]」(『天体論』、298a2?10)として地球球体説を主張した。

アリストテレスは地球球体説を支持する物理的・観察的な論拠を提出した:
地上のあらゆるものは圧縮・集中によって球を形成するまで中心に向かおうとする傾向をもっている(『天体論』、297a9?21)
南へ向かう旅行家は南方の星座が地平線より上に上るのを見られる; そして
月食時に月面にみられる大地の影は円い(『天体論』、297b31?298a10)
----引用終了

 紀元前に月食まで正しく推測していたのでした。
アレクサンドロス大王も地球球体説であったとするのが普通でしょう。
地球が丸いことを知りつつ、(まぐれ当たりで)ユーラシア大陸の果てがあると認識していたのかもしれません。

 方位磁針は11世紀の中国の記述が最初とのことです。
道が整備されていない未開の地に入ると、北極星とかを頼りに遠征を続けるのは難しいかもしれません。
当時は補給とかあまり気にしないで、食料は略奪などによる現地調達で(大王というより山賊の親分ですが)、人口が少ない未開の地では大軍を保持することもできないでしょう。
投票数:0 平均点:0.00
返信する

このトピックに投稿する

題名
ゲスト名
投稿本文
  条件検索へ


ログイン

ユーザー名:


パスワード:





パスワード紛失  |新規登録
PR
twitter
Created by: twitter website widget