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人工知能が学習を越え、人になるには


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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2018/10/12 0:18
OK_like-mj  半人前   投稿数: 18
なぜ、人がここまで
絶滅する事なく進化できたのか
この問題には、"一時的な権力の集中"という
飛躍を成し遂げるための犠牲と
"そうじゃないだろう"という思いの
あい反する思いを共存させてきたからに違いない

みんなで仲良く、そこそこの平和で満足したら
動物から脱却できないし、本来こうじゃない
という思いまで捨て去ったのでは
そもそも生きる意味がない

つまり、ある複数の条件を満たせば
こういう結論になるという冷徹な摂理に
背を向けずに、それを活用する道を切り開く

自分に一定の負荷を与え続ける事を進んで
行うが、それは、これこれの展望が
その負荷と連動しているという認識があるから
で、意味のない負荷は進化とリンクしない
とは言え、その展望でさえ
必要とあらば修正していく

常に、摂理の胚胎する可能性を感じ
刹那な動機で生き抜く事はあっても
そもそもの生きる意味を見失ったのでは
すべてが、パーだっていう自覚がある

人の歴史の深い意味を感じるとき
人というものが、全体として
こうした、そもそもの生きる意味というものを
問い続けて来た歴史だったと確信する

問い続ける事で、すこしはマシになれるって
もんだと思える

こうだっていう揺るぎない自信と
だからって、それが何になるって言うんだよ
という面の存在を、一人の中にもてる事



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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2018/10/13 1:52
OK_like-mj  半人前   投稿数: 18
問題なのは、こうした歴史的な経緯で
人が止む無く人に成らざる得ない
そういう道を歩んで来たものを

一人の人の"学習"という過程のみで
実現可能なことであるのか
という問題なのだ

人が、人としての道を進んで来てしまったのは
奇しくも、すでに時代遅れとなって久しい
Karl Marxの認識の根幹であったのだが
彼の結論が甘かった点は
一人の人が"進化の主体となりうる"と
考えたからであって
資本主義の根幹は
人類が経験して来た過去の実績の
まさに延長上に、同じ原理で
進化していく点にある

つまり、人工知能が
"学習によって人になれる"という事は
"共産主義が制度として成立できる"という
命題と等価ってことだ

この問題の根幹は
"人としての生きる意味を宿している"
苦しい作業にあたる当事者と
"冷徹な摂理を他人事のように扱える"
そうした作業から解放される立場にある者が
次の時代で飛躍するための土台を構築する
という、そもそもの分裂した状況により
苦しんだ挙句の果てに
後の時代の一般の人たちの頭の中に
世界の縮図が徐々に形成されていった
という進化の歴史の原理に反する命題の成立
が可能でなければ

人工知能が人になる事などできないのだ

ところが、一方で子供が生まれ
人として育てるという現実が成立している
それが可能なのは、DNAという
すべての生物を物質レベルで構成可能な
設計図自体に、epigeneticな
親が子に代々似た育て方を伝承するような
DNAにとって外的要因となるものが
脳などの組織の進化を導き
一定の組織の変化そのもは
物質レベルで、DNAというものに刻印され
そういう意味では
人は生まれながらに人であるけど
不幸にも、幼い時期に狼に育てられたり
すれば、それが開花できなくなってしまう事も
起こりうる訳で

DNAのみで、人になれるというものでもない
つまり、人になれる素地と育てるという環境
の両方が必要なのだ

人工知能は、DNAという物質に集約されている
進化の歴史なしに...言っちゃえば
類人猿を人に育てるような
可哀そうな事をやる事以上の無謀な事なのだ
進化の素地のない対象を育てようとする試み
に他ならない


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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2018/10/13 2:47 | 最終変更
OK_like-mj  半人前   投稿数: 18
"一定の組織の変化そのもは
物質レベルで、DNAというものに刻印され"
というのは
厳密に言えば、"そのように見える"と訂正
すべき命題であって

よく調べた訳ではないのですが
現在の進化論の主流をなす見解では
DNAという物質の変化を誘導するのは
物質レベルでの偶然の出来事
例えば、virusとの共生によるtransposon
等の取り込みという物質レベルの過程
でしか起こりえないという認識のように思える

つまり、進化とは
結果論として
"ある意味をたどって来たように見える偶然"
であって、今を生きるものたちが
いくら努力したからと言って
人類の進化そのものを制御できるような代物
ではないという事だ

ただ、人としての道を歩きだした人類の進化
そのものは、まだ数万年程度の歴史しかなく
ホモサピエンスという種が確立してから
肌の色や、若干のDNAの変化はあったにせよ
人としての言語を自由に操る事や
考える能力などを支える物質的基盤である
生まれながらに成立しているDNAの部分は
今を生きる私たちと
さしたる変わりはないだろう
つまり、誕生間もないホモサピエンスを
今を生きる私たちが育てれれば
十分に今を生きる者に育つに違いない

つまり、DNAの偶然で、人の文明が
成立しているというより
代々、親が子に伝えて来たやり方の伝承の中に
文明の根拠があるのだろう


そうすると、話しは振出しに戻ることになり
人類の過酷な時代史へとリンクする
この人類に、ここ数万年で起きた
生きる上での、とてつもない変革は
この地球の生態系や、気候環境さえにも
とてつもない影響を与えて来た訳なのですが
そうした変化は
DNAには、ほとんど刻印されるレベルの
ものではなく
あくまでepigeneticな程度の変化に過ぎない
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