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【補足説明19】大乗仏教の「真如」【22】~【24】

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なし 【補足説明19】大乗仏教の「真如」【22】~【24】

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2016/1/10 16:29
SumioBaba 
    【補足説明19】大乗仏教の「真如」【22】~【24】

  【22】多世界解釈の自然な拡張

 二重スリット実験で、1個の素粒子が左右のスリットを確率1/2ずつで通るようにします。そして、どちらを通っていたかを自分が観測すると、「左」または「右」という結果が得られます。こういう実験を100回繰り返すと、世界が、そして自分の心が、2^100種類に分裂し、線形の重ね合わせのまま存続する、と考えるが多世界解釈です。量子乱数を用い、確率1/3で「観測しない」まで含め、「左(0)」、「右(1)」、「不明(?)=(0)+(1)」、の3つに確率1/3ずつで分けるなら、3^100種類に分裂します。
 人間は3^100種類の中のどれか1つだけしか認識できないため、「なぜ3^100種類の可能性の中から、この1つだけが選ばれて実現したのか?」という謎を感じてしまいます。そこで多世界解釈は、3^100種類の世界がすべて平等に実現したのだと考えることで、この謎を消滅させます。

 これを応用するのが「SB量子神学」です。現在の自分の心M1は、自分が住む世界W1の状態について、何万ビット、何億ビットという情報を持っており、それをM1=「01?1?00?101?…」(「0」または「1」または「?」が合計N個並ぶ)のように表現します。なぜか自分は、このM1の視点に立っていますが、ここでも本当は個々のビットが「0」「1」「?」を独立して取り、3^N種類の心がすべて線形の重ね合わせのまま存在しているのではないか?と考えます(N→∞)。多世界解釈の自然な拡張になっています。
 こう考えると、自分の心M1が世界W1について感じていた「なぜ○○○なのか?」(なぜ「○○○である」と「○○○でない」のうち「○○○である」の方だけが選ばれて実現したのか?)という謎が、すべて消滅します。3^N種類の心の中には、「○○○である」と認識している心と「○○○でない」と認識している心の両方が存在するのであり、謎は事実誤認だったことになるのです。

  【23】「真如」「絶対的真如」「条件付き真如」の定義

 《問1》=「真如」の定義は何か?
 《答1》=「存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、…を要素とする集合{M}」が「真如」の定義。「SB量子神学」の「神」と全く同じ。

 《問2》=「絶対的真如」とは何か?
 《答2》=「空」M0を指す。「真如」が「何も限定されない」をそのまま実現している状態。「SB量子神学」の「神」が「全知全能である」を実現している状態と同じ。特定の物理法則にも特定の心理法則にも無矛盾な論理法則にも従わず、特定の意識状態にも限定されないため、完全無意識状態。(M0が完全無意識状態であるという事自体、他の有意識状態M1、M2、M3、…ではなく、特定のM0だけに限定されているではないか?、という疑問が生じる。だからこそM0は、M0であると同時に、他のM1、M2、M3、…のどれでもあらねばならず、M0=M0+M1+M2+M3+…〔色即是空・空即是色〕が成立するのである。左辺を見れば「M0はM0だけに限定されている」だが、右辺を見ると「M0はM0だけに限定されておらず、M0、M1、M2、M3、…のどれでもある」、という矛盾を実現している。)

 《問3》=「条件付き真如」とは何か?
 《答3》=「色」M1、M2、M3、…を指す。「真如」が「「何も限定されない」にも限定されない」つまり「何かに限定される」を実現している状態。「SB量子神学」の「神」が「全知全能でない」を実現している状態と同じ。特定の物理法則や特定の心理法則や無矛盾な論理法則に縛られ、特定の意識を持つ状態。「MiはMiである」(i=1、2、3、…)という自己同一性が成立せねばならないので、無矛盾であることが必要な状態。

  【24】「真如」M0、M1、M2、M3、…はすべて「半存在」

 《問4》=「真如」は「存在する」のか?、「存在しない」のか?
 《答4》=「真如」{M}の要素である個々のM0、M1、M2、M3、…はどれも「半存在」なので、「絶対的真如」M0も「条件付き真如」M1、M2、M3、…も、同じく「半存在」。すなわち、「存在する」と認識する視点に立てば「存在する」と認識する、「存在しない」と認識する視点に立てば「存在しない」と認識する、のダブル・トートロジーが成立しているだけ。一方だけに確定していないため、「なぜ存在するのか?」「なぜ存在しないのか?」という謎自体が無い。

 《問5》=なぜ「絶対的真如」M0は、自分の全知全能性を封印し、敢えて「条件付き真如」M1、M2、M3、…に自ら降り来るのか?
 《答5》=「絶対的真如」は「何も限定されない」であり、これを徹底させると、「「何も限定されない」にも限定されない」つまり「何かに限定される」をも実現せねばならないから。ただし、M0=M0+M1+M2+M3+…〔色即是空・空即是色〕、すなわち「絶対的真如」=「絶対的真如」+「条件付き真如」である。「条件付き真如」は、右辺を見ると「存在する」であるが、左辺を見ると「存在しない」でもある(これが「半存在」)。つまり「絶対的真如」は「条件付き真如」に、自ら降り来っているでもあり、自ら降り来っていないでもある。両方が実現されているので、「なぜ降り来っているのか?」「なぜ降り来っていないのか?」という謎自体が無い。
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