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《補足説明1》チューリング・テストと中国語の部屋

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なし 《補足説明1》チューリング・テストと中国語の部屋

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2015/11/29 5:17
SumioBaba 
    《補足説明1》チューリング・テストと中国語の部屋

(メールマガジン『「神」を完全に解明しました!!【No.41】』からの引用です。)

 コンピュータによる人工知能AIは心を持ち得るか否か?という論争において、「チューリング・テスト」「中国語の部屋」「ホージランドの悪魔」「サールの悪魔」と呼ばれる思考実験が有名です。140億人の人間による脳機能のシミュレーションというのも、こういった論争の中で出て来る話です。

 まずA・チューリングが考えた「チューリング・テスト」では、コンピュータが人間と対等に会話できれば、コンピュータは思考している、と見なされます。
 質問者と応答者とが別の部屋に入れられます。質問者は人間であるのに対し、応答者の方は人間またはコンピュータです。質問者の質問に応答者がどう答えたかを、仲介者が質問者に教えてくれます。このような会話により、質問者が応答者のことを「人間と同等な思考能力を持つので、人間だろうと思う」と認めたとしましょう。もし応答者がコンピュータであったなら、コンピュータは人間と同等の思考機能を持つ、と認定されます。

 一方、これに反発したのがJ・サールの「中国語の部屋」という思考実験です。自分は1つの部屋の中に居て、中国語で書かれた文書が投げ入れられます。自分は中国語を全く知らないので、それは意味不明の記号列に過ぎません。ただ、部屋の中には、入力された意味不明の記号列に対し、どういう意味不明の記号列を出力すれば良いかを英語で詳しく説明したマニュアルが完備されています。それに忠実に従うことで、出力するための意味不明な記号列を完成させ、部屋の外に投げ出すことができます。
 もしマニュアルの内容が適切であれば、入力された文書と出力された文書とを、いかにも中国語で人間が会話をしているかのような関係にすることもできるでしょう。例えば、「今日仕事が終わったら、食事に行かないか」「いや、今日は見たいテレビがあるから明日にしよう」のように。中国語を理解できる人が見たら、部屋の中の自分はいかにも中国語を理解して会話しているかのように見えるはずです。にも拘わらず部屋の中の自分は、入力された記号列も出力した記号列も意味不明のままであり、何も意味を理解していません。
 コンピュータのやっている事がまさにこれであり、たとえ人間と同等の会話をできたとしても、それは言葉を意味不明の記号列として処理しているだけであって、意味を理解する心など何も持たない、…と主張したのがサールでした。拙著の言葉で表現すると、「たとえコンピュータが人間と同等に会話する機能を持ち得たとしても、それは「客観的面」の機能だけであり、「主観的面」は発生していない」と言えます。まさにその通りです。

 しかし、J・ホージランドやD・ホフスタッターが、サールに反撃しました。脳を構成する140億個のニューロン相互間で、情報伝達がうまくいかない病人がいるとします。この人の脳に、分子サイズの小さな悪魔が宿り、ニューロン相互間の情報伝達を正常に保ってくれているとします。脳は正常に機能しているのだから、この病人は立派に心を持っています。この悪魔を「ホージランドの悪魔」と呼びます。この悪魔は、脳機能を補助する方法は知っていますが、病人がどんな心の状態を体験しているのかは全く知りません。そして「中国語の部屋」に入っている自分は、この「ホージランドの悪魔」を大きくしただけのものであり、ホフスタッターはこれを「サールの悪魔」と呼びます。つまり、部屋の中の自分は、処理している中国語の意味を理解していなくても、部屋全体は中国語の会話機能を持っているのだから、部屋全体は中国語の意味を理解しているのだよ、と反論したのです。
 人間の脳を構成している140億個のニューロン1個1個は、自分が今どんな脳機能を構成しているかなど、何も知りません。にも拘わらず、自分は自分の事しか知らないニューロンが140億個絡み合って相互作用することで、脳B全体には複雑高度な情報処理機能が構成され(これが「客観的面」)、脳B全体に複雑な状態の心M(≠0)が発生しています(これが「主観的面」)。
 だとしたら、「中国語の部屋」の話でも、部屋の中で作業する人間を1人でなく140億人に増やすと、同じ事が言えそうです。個々の作業員は意味不明の記号列を処理しているだけであるにも拘わらず、140億人を含む部屋全体には中国語の会話機能が構成されているのだから(これが「客観的面」)、部屋B全体にこの中国語の意味を理解している心M(≠0)が発生するはずだ(これが「主観的面」)、というのがホージランドやホフスタッターの考えです。

 サールの論法は、大変もっともな主張をしてはいるのですが、なぜ「中国語の部屋」の話で部屋B全体に心M(≠0)が発生できないのかを、証明していません。直観的に、「そんなもの有り得ない」と感じるのは確かですが、証明しなければ説得力は有りません。しかも、ホージランドやホフスタッターが指摘した通り、人工知能AIについて言えることは、人間の脳Bについても言えてしまいます。人工知能AIには言えること=「たとえ人間と同等に会話する機能を持ち得たとしても、それは「客観的面」の機能だけであり、「主観的面」は発生していない」が、なぜ人間の脳Bには言えないのか、そこが不明なのです。

 人工知能AIであろうと、「中国語の部屋B全体」であろうと、140億人Bであろうと、人間の脳Bであろうと、[A]と[B]とを仮定すれば、構成できるのはたかだか「客観的面」の機能だけであり「主観的面」の方は作り出せないことを、きちんと証明して見せたのが拙著です。
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