メインメニュー
PR
facebook
別フォーラムへ

【補足説明16】大乗仏教の「真如」【13】~【15】

投稿ツリー


このトピックの投稿一覧へ

なし 【補足説明16】大乗仏教の「真如」【13】~【15】

msg# 1.16
depth:
1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2015/11/28 2:55
SumioBaba 
    【補足説明16】大乗仏教の「真如」【13】~【15】

  【13】「絶対無」と「絶対有」の「絶対矛盾的自己同一」

 「SB量子神学」では仏教の「唯識」と同様、「観念論」の立場を取るため、実在するのは心M0、M1、M2、M3、…の集合{M}だけであり、それ以外に客観的物質世界なるものの実在は考えません。物質世界はすべて、個々の心の中に観念として存在するだけです。心の状態を、それが持つ情報に注目してMi=「abcde…」(個々のa、b、c、d、e、…は独立して「0」、「1」、「?」=x「0」+y「1」の3つを取り得る)と表現すると、全部で3^N種類の心が存在し得ます(N→∞)。すべてのビットが「?」で無意識となっているのが「空」M0=「?????…」です。「色」M1、M2、M3、…は、少なくとも1ビットは「0」か「1」に確定し、特定の意識内容を持つ状態です。そして、「「?」は「?」であって「0」や「1」ではない」ではなく、「「?」は「?」であるだけでなく「0」でも「1」でもある」と考えます。だから「空」M0=「?????…」は、全体としては無意識ですが、その部分にすべての「色」M1、M2、M3、…を含んでいることになります。

 西田幾多郎も同じことを主張しています。「空」M0が「絶対無」であり、すべての「色」M1、M2、M3、…が「絶対有」であり、M0=M1+M2+M3+…〔色即是空・空即是色〕は両者の「絶対矛盾的自己同一」を表していて、M0、M1、M2、M3、…を要素とする集合{M}こそが「神」です。

  【14】「無明」とは真の自分を知らないこと

 -----〔無明論〕無明すなわち無知の理論とは、一と多、絶対的真如と条件付き真如、法身と一切衆生、菩提と煩悩、涅槃と輪廻の関係を解決するための仏教徒による試みである。…。すなわち無明は、…、真如という永遠の大海に、哮り狂う存在の大波を引き起こす。さらには涅槃の静寂を破って、永久にめぐり続ける輪廻の車輪を回すのも無明であるし、真如を映し出す清明な菩提の鏡を覆い隠すのも、そして真如の同質一元性を彼我の二元性に転換し、多くの錯乱した心をエゴイズムへと導いて、あらゆる有害な結果をもたらすのも無明なのである。-----

 「無明」とは、「色」である人間の心M1が、本当は自分が「空」M0すなわち「絶対的真如」であることを認識できず、自分を1人の人間だと思い込み、M1だけに執着してしまうことです。すると、大切なのは自分の心M1だけであり、他人の心M2、M3、M4、…が苦しもうと悲しもうと平気でいられる利己的な価値観を持ってしまいます。さらに、他人の心M2の方がM1よりも幸福だったりすると、M2に嫉妬し、M2の不幸を願ってしまったり、M2に害を及ぼし罪を犯すことさえあります。
 本当の自分は単なるM1ではなく、「絶対的真如」M0なのであり、M0はすべてのM1、M2、M3、…すなわち「条件付き真如」でもあるのだと悟れば、「無明」から抜け出せる訳です。

  【15】「SB量子神学」と大乗仏教における悟りは同じもの

 大乗仏教の教えを簡単に表現すると、こう言えるのではないでしょうか。…「真の自分は「真如」M0、M1、M2、M3、…であると悟れ。そして1人の人間としての自分の心M1に執着するな。そうすれば、すべての煩悩を超越できるだろう。」…「SB量子神学」の悟りと全く同じ内容です。

 「SB量子神学」で悟りを開く方法は、極めて簡単でした。…「全知全能の「神」が実在し、存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、…を平等に体験しており、自分こそがその「神」である。」…こう思い込むだけで十分です。1人の人間としての現在の自分の心をM1とし、自分が体験しているのはM1だけだと思い込むと、「なぜ他のM2、M3、…ではなくこのM1なのか?」という謎と、「もっとこうありたかったのに…」というM1に対する不満が生じてしまいます。そこで、本当の自分は「神」なのであり、すべてのM0、M1、M2、M3、…を平等に体験しているのだと悟れば、M1に対する謎も不満も消滅します。
 「神」も「真如」も、その定義は「存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、…を要素とする集合{M}」で一致します。「真の自分は「神」M0、M1、M2、M3、…(=「真如」)であると悟れ。そして自分の心M1に執着するな。そうすれば、すべての煩悩を超越できるだろう。」となり、「SB量子神学」の悟りは、大乗仏教の教えと完全に一致します。

 もっとも、仏教関係の本、例えば『般若心経』の解説書を10冊読んでみると、「空」と「色」についての説明が、本ごとに異なります。仏教を正式に学んだ専門家たちでさえ、みんな自分流に解釈しているのが現状であり、仏教の解りにくさを示しています。「空」がM0、「色」がM1、M2、M3、…だとするのは「SB量子神学」特有の定義です。
投票数:0 平均点:0.00
返信する

この投稿に返信する

題名
ゲスト名
投稿本文

  条件検索へ



ログイン

ユーザー名:


パスワード:





パスワード紛失  |新規登録
PR
twitter
Created by: twitter website widget