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年末の風景

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Chryso

なし 年末の風景

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2019/12/30 16:28
Chryso  スタッフ   投稿数: 5771
娘が修士論文で忙しいとかで、帰ってこない。2?年ぶりに、2人だけのクリスマス、年末、正月となった。

となると割と暇で、しかし今年の休みは長いということで、せっかくだから日本史関連の本を集中的に読もうと。

受験勉強では単語にひきづられたのですが、今読み返せば、似たような政策を、時代によって政権の違いで、違って呼んでいるだけではないかと。(こまかく見れば違うんでしょうけど)
で、社会人やると、当時はイメージがわかなかった政策も、わかってくるのですね。

最初は源頼朝。
最近、教科書では鎌倉幕府の成立が1192(イイクニ)年ではなく、1185年になったらしい。
1192年に確かに征夷大将軍になっているが、なんでも、朝廷では大将軍にするか、征東大将軍にするか(源義仲の実績あり)議論があったらしく、結局、征夷大将軍になったが、それほど深い意味があるわけではないということ。守護・地頭を全国に配置して、実質的に支配したのが1185年だそうで、それをとったようです。

***

征「夷」大将軍といういいかたも、初代の坂上田村麻呂はそうかもしれないが、頼朝の時にはもう形骸化して、職名だけになっていますね。これは江戸幕府まで続きますが...

職名といえば、受領、「国名+守」、この時代は伊予守とか播磨守が上級だったらしい。
なにゆえに伊予だったり播磨だったのかよくわからない。どこかにどの地名が上とみられたのかの表もあるんでしょうね(私が知らないだけ..)

戦国時代のなんとか介は、自称だそうで。で、上総介なんかは一生に一度も行ったことがないですからね。

というように個人的な疑問を設定して読みすすめています。



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