メインメニュー
PR
facebook

Re: 英語はゲルマン語より出でてゲルマン語よりロマンス

投稿ツリー


このトピックの投稿一覧へ

LuckyHill

なし Re: 英語はゲルマン語より出でてゲルマン語よりロマンス

msg# 1.2.1.1.2.1.1.1.1.1
depth:
9
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2019/1/2 2:35 | 最終変更
LuckyHill  一人前   投稿数: 1232
>ノルマンディー公ギョームⅡ世がこの御家騒動を納めてちゃっかりとイングランド王も兼任する様になり、ウィリアムⅠ世を名乗ってノルマン朝を開きました

イングランドは歴史的経緯上はフランスの一豪族の海外植民地だったんです。イギリス人は征服王ウィリアム William the Conqueror なんて呼んでいますが、当の本人は自分の事をフランス語をしゃべるフランス人ギョームだと認識していました。それは彼の玄孫であるリチャード一世(いわゆる獅子心王 Richard the Lion-hearted)とジョン(失地王 John Lackland)の兄弟の頃も同じで、それぞれフランス人のリシャールにジャンでした(ついでに、彼らの父親ヘンリー二世もアンリ)。そして自分たちの本拠地は当然ヨーロッパ大陸側だと。陽ロッパと陰グランドだったら、そりゃあ人間、陰より陽の当たる方がいいに決まっている。イングランドには代官を置いて定期的に報告を上げさせれば統治は可能。これが今日、業務(ギョーム)報告と呼ばれるものの始まりである・・・とこれは冗談が過ぎました(汗)。
(*)2019-01-05 冗談の部分を変更しましたwww

ということで、支配する王侯貴族はフランス語をしゃべり、支配される民衆は英語をしゃべる二層構造が長らく続いたのですが、英仏百年戦争を経て、イギリス王室が大陸側領土を失い、その失地回復を諦めて現在のような英仏の形に定まっていく過程において、英語へのフランス語の大量流入があったとのことです。


参考までに以下、佐藤賢一の著書から引用:
・・・、英語には仏語からの借用が異様に多い。かたやゲルマン語系、かたやロマンス語系と、文法構造が別物であるにもかかわらず、単語のレベルでは実に六割とも七割ともいわれる共通性を示すのだ。
 さらに面白いのが、英語では単純な言葉ほどオリジナルであり、難解な言葉ほど借用になるという傾向である。例えば、see(みる)という動詞は、同じゲルマン語系に属する独語の sehen(みる)に酷似している。これを名詞にすると、sight になるが、類似の少し高級な言葉で view という単語もある。が、これは英語では元の動詞を辿ることができない。仏語の動詞 voir(みる)から派生した、vue という名詞の単純な借用だからである。また高名な「イギリス議会(Parliament)」も、英語で考えるかぎり意味不明の言葉だ。が、これも仏語の「話す(parler)」から起こすと、喧々諤々に話す場所ということだなあと、たちまち語の成り立ちがみえてくるのだ。
 こうした現象も「ノルマン朝の成立」と無関係ではない。征服されたイングランドでは、大陸から乗りこんだ仏語人口が専ら領主貴族の地位を占め、旧来の英語人口が町人、農民ということになったからである。支配階級の仏語は高級な言葉とされ、被支配階級の英語は「農奴の言葉」として蔑まれる。その名残は十六世紀にまで残り、英文学の至宝、シェークスピアの教養あふれる英語とても、実は仏語としてしか読めない箇所が少なくない。
 同君連合の外観すら裏切る、まさに絵に描いた征服といえる。新しい支配者たちは、グレイト・ブリテン島に移住して、ただちに「イングランド人」になったわけでもなかった。なによりの好例が「イングランド王ウィリアム一世」その人である。ノルマンディー公ギョームは海の向こうに王国を得た後も、あくまでフランス屈指の大豪族として、本拠を大陸に置き続けた。というより、イングランドには数えるほどしか訪れていない。それも、ほとんどが征服に抵抗する反乱勢力を、自ら鎮圧するための遠征の機会にである。要するにギョームの感覚では、イングランド王国など、王号という付録がついた、おいしい海外植民地にすぎなかったのだ。
投票数:0 平均点:0.00
返信する

この投稿に返信する

題名
ゲスト名
投稿本文

  条件検索へ



ログイン

ユーザー名:


パスワード:





パスワード紛失  |新規登録
PR
twitter
Created by: twitter website widget