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Re: いちにちじゅう、やまみち

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Chryso

なし Re: いちにちじゅう、やまみち

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 .2 | 投稿日時 2018/8/1 8:06
Chryso  スタッフ   投稿数: 4799
というわけで、行ってきました。関ヶ原の松尾山。煙となんとかは高いところに登る。なんとかはもう1人いました。

うまい具合に電動アシスト自転車がレンタルされており、それでまわってきました。松尾山は観光地図からはずれていて、案内だけあるという具合。確かに町の中心地からは、ちょっと外れています。低い割には(219メートル)鞍部が意外と多く、暑かった..

小早川秀明がここに陣取って、裏切ったことで、関ヶ原の戦いは東軍勝利になったということ。確かに展望はいいところで戦況はよくわかりそうです。案内板にはもう少し広い範囲が見えていることになっていますが、木が成長しているためかもしれません。写真ではよく見ると東海道新幹線の車両が見えています。


家康が裏切りの決断させ、加勢させるために、鉄砲を打ったことになっていますが、聞こえたのか?
東海道新幹線の騒音は、この山に登っている途中でもよく聞こえていたので、見通しはよかったとは思いますが、鉄砲が家康のものだとわかったのか、という疑問もあるみたいです。まして、家康の最初の陣は(ここも今回行った。)かなり東のほうの桃配山。だんだん西進しているとはいえ、家康はその時、どこにいたのか?

小早川秀明はその2年後に21歳で亡くなっています。21。その昔は15で元服したくらいで、大人扱いされたのも早いとはいえ...

ちなみに家康の最初の陣の桃配山からも、まだ少し、ゆるやかな勾配が続いて駅に至ります。家康はじりじりと標高を上げていったんですね。

石田三成の陣と最終決戦地が「見渡せる」ほどに近いのも、実地に立つとわかります。笹尾山といいますが、山というか丘陵というか、というところ。ここに立って遠望するとこんな感じ(南のほうを見る)。幟のたっているところが決戦地。


いずれも案内板が充実していて、よくわかります。いろんなテーマをもってまた行きたいところです。島津が敵中突破して、国まで帰ったルート、というのもいずれ。西と東の境といわれる寝物語の里というのも行きたいですね。ここを超えるとうどんのつゆの色が変わり、餅が丸いもの(西)から四角(東)にかわるという。美濃と近江の境で、関ヶ原を通り過ぎてやや低くなったところにあります。







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