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【究極原理】の弁証法

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なし 【究極原理】の弁証法

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2016/3/20 20:46
SumioBaba 
            【究極原理】の弁証法
(メールマガジン『「神」を完全に解明しました!!【No.97】』からの引用です。)


 【N0.96】で【究極原理】=「人間が疑問を抱くすべての謎は、トートロジーに解消できる。」に、以下の3つの選択肢があることを説明しました。それぞれについて解説してみます。

                選択肢[1]
   【究極原理】はトートロジーではないが、これだけは例外的に「絶
   対的真理」だと見なし、どんな視点に立っても「【究極原理】は真」
   であり、「【究極原理】は偽」となる視点は無い、と考える。
   (この場合、「トートロジーでもない【究極原理】がなぜ「絶対的
   真理」なのか?」という謎は永久に隠蔽されるが、数学や論理学で
   定める「公理」も、それ自体の正しさは証明無しに仮定するのであ
   るから、それと同じだと見なして諦める。)

 「SB量子神学」では、「神」は全知全能であり、あらゆる○○○について、「○○○である」と認識する視点に立てば「○○○である」と認識する、「○○○でない」と認識する視点に立てば「○○○でない」と認識する、のダブル・トートロジーを実現していると考えます。「○○○」=「【究極原理】は真」と置いた場合もそうです。だから、全知全能の「神」の視点では、選択肢[1]を採ることはできません。「【究極原理】だけは例外的に、トートロジーでないにも拘わらず「絶対的真理」だ」とは言えない訳です。
 とは言え、次のダブル・トートロジーは成立します。
   「【究極原理】は絶対的真理である」と認識する視点に立てば、
       「【究極原理】は絶対的真理である」と認識する。…(1)
   「【究極原理】は絶対的真理でない」と認識する視点に立てば、
       「【究極原理】は絶対的真理でない」と認識する。…(2)
つまり、(2)の方を無視し、(1)だけの狭い視点に立っている場合の話に限定して言えば、選択肢[1]は正しい訳です。
 全知全能の「神」は、すべての心M0、M1、M2、M3、…を体験しているので、(1)(2)のダブル・トートロジーが成立しています。しかし人間は、(1)と(2)のどちらか一方の視点にしか立てないし、しかもそれは「神」が全知全能でない体験をしている状態です。だから、(1)だけの狭い視点に立った選択肢[1]も、間違いではないのです。弁証法で言うなら、「正」+「反」=「合」における「正」の段階です。

                選択肢[2]
   【究極原理】はトートロジーではないので、やはり「【究極原理】
   は真」だと認識する視点と「【究極原理】は偽」だと認識する視点
   の両方が有り得る、と考える。
   (この場合、「SB量子神学」と「クオリア統一理論」は「【究極原
   理】は真」だと前提した上での理論なので、「【究極原理】は偽」
   となる視点に立った時には通用しない理論になってしまう。)

 これは(1)と(2)の両方を考慮した、より広い視点に立っています。(1)の視点に立てば「【究極原理】は真」ですが、(2)の視点に立てば「【究極原理】は偽」にも成り得ることに気付いた状況です。弁証法で言うと、「正」に加え「反」が生じた状況です。

                選択肢[3]
   【究極原理】自体がトートロジーである、と考える。
   (これだと【究極原理】は、問題なく「絶対的真理」になり得るが、
   今度は【究極原理】の方が「5は5である」のような無意味な命題
   になってしまう。)

 最後に、「正」と「反」の両方を認め、両方を含めて「合」にする部分がこれです。【究極原理】の内容はこうでした。
               【究極原理】
   人間が疑問を抱くすべての謎は、トートロジーに解消できる。
 そもそも「謎」とは何なのでしょうか? 自分の心M1が知覚・認識する世界W1において、「○○○」という事実が成立しているとします。もし「○○○」自体が「5は5である」のようなトートロジーであれば、それが成立するのは当然であり、「謎」だと見なされる必要さえ有りません。トートロジーではないのに、なぜか「「○○○」は真」が成立している場合にこそ、それは「謎」に成り得ます。つまり、「謎」の基本形はこうだと言えます。
   「謎」=
   「「○○○」はトートロジーではないのだから、「「○○○」は真」
   だけでなく、「「○○○」は偽」の方も有り得て良かったはず。そ
   れなのになぜ、「「○○○」は真」の方だけが選ばれて実現してい
   るのだろう?」
 そこでこの「謎」を消滅させるため、多世界解釈の立場に立ちます。自分の心M1は世界W1だけしか知覚・認識できないので、「「○○○」は真」の方だけが選ばれて実現しているかのように錯覚してしまいます。しかし本当は、心M2が知覚・認識する世界W2、心M3が知覚・認識する世界W3、心M4が知覚・認識する世界W4、…も存在しており、W2、W3、W4、…の中では「「○○○」は偽」の方も成立している、と考えるのでした。

 以上の考察から、「謎」を次のように定義できるでしょう。
   「謎」=
   「〔自分の心M1が知覚・認識する世界W1において、トートロジー
   ではない「○○○」という事実がなぜか成立している場合、M1は
   W1だけしか知覚・認識できないため、「「○○○」は真」と「「○
   ○○」は偽」の両方が有り得て良いはずなのに、なぜ「「○○○」
   は真」の方だけが選ばれて実現しているのだろう?と不思議に感じ
   る事(それが「謎」)であるが、実は自分の心M1が知覚・認識でき
   ない他の世界W2、W3、W4、…も存在していて、それらの中では「「○
   ○○」は偽」の方も実現していると考え、「○○○は真」だと認識
   する視点に立てば「○○○は真」だと認識する、「○○○は偽」だ
   と認識する視点に立てば「○○○は偽」だと認識する、そして、「「○
   ○○は真」だと認識する視点」と「「○○○は偽」だと認識する視
   点」の両方が必ず存在しているのだと理解することにより、〕必ず
   トートロジーに解消できる命題」
かなり長いので、〔 〕の部分を省略すると、「謎」の定義はこうなります。
   「謎」=「必ずトートロジーに解消できる命題」  …(*)
【究極原理】の方も、少し変形します。
             【究極原理】の変形
   「謎」は、必ずトートロジーに解消できる。
そしてこの「謎」に(*)を代入することで、さらに変形します。
            【究極原理】の変形の変形
   必ずトートロジーに解消できる命題は、必ずトートロジーに解消で
   きる。
 こう解釈することで、【究極原理】自体が実はトートロジーだったのだと見なすことが可能になります。しかもこの過程は、選択肢[1]、選択肢[2]、選択肢[3]の3つが、弁証法における「正」、「反」、「合」の関係にぴったり一致しているのが解ります。

 では【究極原理】は、「5は5である」のように内容の無い空虚な原理なのでしょうか? 「その通り」が答です。ただしそれは、全知全能の「神」の視点に立ったとき、謎はすべて消滅するので、それを説明すべき原理や法則も何1つ必要ではない、という意味になります。これこそまさに「空」です。人間の視点に立てば、原理や法則は重要な意味を持ちますので、混同しないように注意して下さい。
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