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(13) 言葉と音楽
伊笠 摩耶
2005年09月11日(日) 13時26分

 一昨日(9日)池袋の東京芸術劇場に読売日本交響楽団のコンサートがあって,娘と二人で出かけました。
 ロジェストヴェンスキー大先生のタクトで,曲目はグラズノフの交響曲四番と「四季」。
 この「四季」には、どなたが企画されたのか、円位上人(西行)の山家集から六首づつの四季の歌をとりあげて、栗原小巻女史と滝田 栄氏がそれぞれ半分づつ交代で朗詠と朗読,そのあとに音楽というちょっと珍しい方式の演奏でありました。
 栗原女史の朗詠は立派なもので、それに比べると滝田氏の方は,声は通るけれども、なにか楽音の間の雑音発生源といっては申し訳ないのですが、はるかに聞きおとりがする。新しい試みではありますが、せっかくなら半分だけのほうがよかったかもといって帰ってまいりました。
 この楽音とそうでないもの、(『雑音』とはひとくくりにできないようですので)をヒトの感覚はどう区別するのか(するようになるのか)以前から気になっているのですが、どなたかご教示いただけないものでしょうか


いかさ まや





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